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は〜つ・おぶ・愛あん ドイツルートその3/-サイレント・ホーリーナイト-

Written by MJS

 12月25日。世間ではクリスマスと言われる日であり、世人は家族と、或いは恋人と
楽しい時間を過ごす日でもある。このことは戦場でも例外ではなく、兵士たちも交代で一
日限りの休暇を楽しんでいるはずである。
 しかし、戦場すら例外ではなくとも、例外というのは何事にもある。具体的に言えば、
ドイツ軍カナダ遠征部隊の司令部として接収されているホテルで事務仕事に打ち込んでい
る男女がそうだった。

 「本国へ送付する書類は上がったか、敗北主義者」

 書類に目を落としたまま女――緋村美里が問いかける言葉に、

 「後は確認をして署名をするだけだ、国家主義者」

 大仰に背伸びなどしながら、男――ウィルヘルム・リッター・フォン・レープは答えた。
 交わされている言葉だけを聞くと、仕事上の付き合いで仕方なく同席しているようにも
聞こえる二人だが、これでもれっきとした恋人同士である。
 やれやれ、といった風に肩を叩き、レープは再び書類に目を落とす。

 「しかしまあ、なんだ。……これでも気を遣ったつもりなのか、あいつらは」
 「……多分、そうなんだろうな」

 今このホテルにいるドイツ軍の人間は、幾らかの警備の人員を除けば彼ら二人だけだっ
た。書類仕事が遅く、この日まで残務処理に追われていたレープはともかく、美里は同僚
の仕事を押し付けられた形である。だがこんな形で気を遣われても、美里としては正直微
妙だった。

 (……一応、色々考えてはいたのだがな……)

 ふう、と一つため息。姉とも慕う人物に全然男っ気がなかったとからかわれたことが
あったが、それでも美里も年頃の娘。月並みなデートに憧れる気持ちもある。このクリ
スマスはいいチャンスだと思っていたが、現状は二人っきりとはいえ、色気の欠片もな
い軍の事務処理の真っ最中だった。

 (だがまあ、私たちには相応しいのかも知れん)

 唇の端に自嘲の笑みを載せる。同属嫌悪のようにしていがみ合い、まるで映画のよう
に危地から救い出された。恋人同士になったとはいえ、先ほどのようなぶっきらぼうな
遣り取りなど珍しくもない。なんともちぐはぐで、世間一般の言うカップル像からは遠
く離れた自分たちなら、クリスマスの過ごし方もこんなものだろう。
 そんな思考がふと途切れた瞬間、紙の上にペンを滑らせる音が耳に入った。なんとは
なしに音の方に目をやれば、書類の確認を終えたのか、レープが署名をしているところ
だった。
 レープは流麗とは言いがたい字で署名し終えると、美里の視線に気づいたのか、顔を
上げる。

 「どうした?」
 「どうした、とは?」
 「いや、なに。……嬉しそうな顔をしているからな」
 「え?」

 言われ思わず、美里は頬に手を当てた。ああ、鏡を見なくても分かる。今、自分の顔
は赤くなっているに違いない。

 「いや……なんでもない、気にするな」
 「……そうか」
 「……ただ」

 特に気にした風もなく、次の書類に取り掛かろうとしたレープの顔が、美里が継いだ
言葉によって再び彼女の方を向く。

 「ただ、こんな風なクリスマスも、私たちらしくて悪くない……そう、思っただけだ」

 一瞬、虚をつかれたような表情をしたレープもまた、その顔に苦笑を浮かべる。

 「そうだな……悪くない」
 「ああ、悪くない」

 顔を見合わせ、笑いあう。それだけのことが、なんだかとても嬉しかった。

 「さて、時間は有限だ。今日中に終わらせてしまうぞ、敗北主義者」
 「もっともだ、国家主義者。俺とて徹夜仕事は御免被る」

 気恥ずかしさを押し隠すように軽口を叩き合い、再び仕事に戻る。
 部屋に響くのは、書類の上を走るペンの音と、二人の微かな息遣いだけ。

 ※ ※ ※ ※ ※

 「……これで、終わりだ」

 最後の書類に署名を終え、手元の書類を揃えると、美里は大きく伸びをした。

 「なんだかんだで、やっぱり遅くまでかかってしまったな」

 そういいながら、軽く身体を動かしていた美里の目の前に、赤いワインの注がれたワ
イングラスが置かれる。
視線を上げてみれば、同じようにワイングラスを手にしたレープの姿があった。

 「労って食事でも、と言いたいところだが生憎ともう遅い。……せめて一杯、どう
だ?」
 「……いただこう」
 「そうこなくては」

 短い言葉と共に笑みを交わす。申し合わせた訳ではないが、ごく自然に二人は軽くグ
ラスを打ち合わせた。

 『……乾杯』

 声を合わせて乾杯の言葉を唱和すると、計ったように同じタイミングで飲み干す。そ
うしてまた顔を見合わせると、どちらからともなく笑いがこぼれてきた。

 「……ああ、なんだ。去年のことを思い出すな」

 もうワインの入っていないグラスをまるで宝石でも眺めるように見つめながら、美里は
そんなことをこぼした。

 「去年? ……ふむ、あの祝勝会か」

 すぐに得心がいった、という感じでレープが言葉を返す。

 「うん。あの頃は、こんな風になるとは思いもしなかったが」

 だがそれでも、周り中酒を相手に討ち死にした、死屍累々の惨憺たる有様の中交わし
た杯には、ただの酒とは違う不思議な魔力があったのかも知れない。そんな益体もない
ことを思いながら、美里はぼんやりとレープの方を見上げた。

 「そうだな、俺も思いもしなかった」

 そう言ってレープは苦笑を浮かべる。

 「あの頃は、ただひたすらに総統に仕え、尽くそうとする。そう思える『主君』を持て
たお前が嫉ましく――羨ましかった」

 一瞬、美里はあっけに取られてしまった。まさか、この男の口から、自分を「羨まし
い」などという言葉が出てくるとは思わなかったのだ。なぜなら、

 「それは……私も、同じだ」

 そう、彼女もそう思っていたから。

 「誰にも仕えず、ただひたすらに己の生き様を貫きながら、誰からも『騎士』と讃えら
れる。そんなお前が酷く疎ましく――羨ましかった」
 「ああ、なんだ。結局――」

 手持ち無沙汰にグラスを回すレープの言葉を、美里が引き受ける。

 「――私たちは、似た者同士だったと言うわけだ」
 「違いない」
 「……ぷっ」
 「……くくっ」

 どちらからともなく、笑いが零れる。散々いがみ合ったその結論は、結局のところ似た
者同士のない物ねだり。だとすれば二人が共になったのも必然か。そうすれば、お互い足
りないところを補えるのだから。
 いつしか降り出した雪が外を染める中、ホテルの中では男女の楽しげな笑い声が響いて
いた。

 ※ ※ ※ ※ ※

 ひとしきり笑い終えると、レープは何かを思い出したように自分の鞄を探り出した。美
里はすぐにピンと来たが、居住まいを正して座っているに留めた。こういう時は、黙って
待つのがマナーである。

 「遅まきながら……クリスマスプレゼント、だ」
 「っと。……投げるな、馬鹿」

 恋人へのプレゼントであるはずの物をぞんざいに扱うレープを軽く睨んで、美里は手元
に視線を移した。リボンで飾られただけの、簡素な紙袋。だが、今の彼女にしてみれば、
それは煌びやかな宝石箱よりも中身への期待を抱かせるものだった。
 逸る気持ちを抑えながら、紙袋を開く。中から現れたのは、しっかりした作りながら、
流麗な印象を与える上品なデザインの革手袋だった。

 「…………ん、良い物、だな」

 それが繊細な絹で出来ているかのような丁寧な手つきで、美里はその手袋を嵌めてみる。
手に馴染む様は確かに、これが上等なものだという印象を裏付けるものだし、色合いも彼
女が普段愛用しているコートにぴったりだ。だが、これに「特別」という印象を抱くのは。
それはやはり、これが愛する人から贈られたものだからだろうか。

 「どうやら、気に入ってもらえたようだな」

 レープが安堵するように息をついたのを見て、思わず美里は笑ってしまった。

 「……何がおかしい?」
 「笑いたくもなる。いつも傲岸不遜、自信満々の人間が、そんなあからさまに『安心し
た』という風な様子を見せればな」
 「こういう慣れんことは、俺だって不安にもなる」

 少し拗ねた様子のレープに、また美里は笑いがこみ上げてきた。全く、誰よりも世の中
を悟った風を見せたかと思えば、別の時には急に子供じみた様子を見せるのだ、この男は。
 改めてレープを見れば、彼は何かを誤魔化すように窓の外に視線をやっている。そんな
彼を見て、美里もまた、自分が用意していたプレゼントを取り出した。レープの隣に移る
と、美里は彼の首にそれ――マフラーをかけてやった。

 「それでは、私からも」

 美里の行為に振り返ったレープと、至近距離で目が合う。少し照れくさかったが、勇気
を奮い起こして、

 「メリークリスマス」

 そう言って、微笑みかけた。

 「……ああ、ありがとう。そして、メリークリスマス」

 レープはいつものような若干ぎこちない笑みを浮かべて、そう美里に返した。そしてそ
のまま暫し、無言で見つめあう二人。静かな部屋の中、先に静寂を破ったのは美里だった。

 「少し、寒いな」
 「寒いか?」
 「うん、寒い」

 外は相当気温が下がっているらしく、ストーブがあるとは言え、人によっては若干肌寒
く感じるかもしれない。とは言え、もちろん美里の本音はただ寒さを訴えるものではな
かった。言葉と一緒にレープに身を寄せると、レープも理解していたのだろう、ぎゅっと
美里を抱きしめた。
 背中に力強い腕を感じながら、レープの胸元に顔を埋める。もし今彼女の顔を見れたな
らば、誰も見たことのないような、幸せに緩みきった表情を見ることができただろう。

 「暖かいな」
 「そうか」
 「うん、暖かい」

 雪は外の喧騒を覆い隠し、室内にはただ静寂が満ち溢れる。世界に二人しかいなくなっ
たような錯覚さえ覚える中で、寄り添う恋人たちは確かに幸せを感じていた。

 ※ ※ ※ ※ ※

(以下、余韻台無しなオマケ)

 「…………で?」
 「いやその。『で?』と言われましても」

 電話の向こうから聞こえてくる、姉とも慕う総統の声は、何故か危険な領域に到達した
怒りに震えている……気がする。だが、理由がさっぱり分からない。自分はクリスマスに
あったことを話しているだけなのだが。

 「まさか、それで、終わりじゃ、ないでしょう?」
 「え? いえ、私はそのまま眠ってしまいましたから……。目が覚めたら部屋にいたの
で、多分レープが運んでくれたものかと」
 「…………」

 あれ、なんだろう。今確かに何かが切れる音がした。

 「うっがー!!! そこまでお膳立て出来てて、なーんでそれだけなのよー!!!」

 電話の向こうから、何かがひっくりかえる音がする。必死に宥めているのは比留間だろ
うか。シェレンベルクの呆れたような声も聞こえた気がする。
 だが、何故総統が取り乱したのかがさっぱり分からない。
 沙耶子が満を宥めるまで、美里は受話器を前にずっと首を捻っていた。


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